チカラのあるリーダーが誕生するまで首相は何度でも代わればいい。

一昨日は、珠洲商工会議所主催でTwitter(ツイッター)についての講演と、それが終わって引き続きCMSを使ったホームページ作成講座を行った。
昨日は昨日でNHKの番組でTwitterが紹介されていたが、(番組の)中身そのものは事実であっても、実態、そしてそれを踏まえた将来性を考えたとき、NHKといえど、いわゆるマスコミレベルの内容でしかなかったかな。

昨日、小沢氏の代表選出馬が決定となった。
国のトップがころころ代わることに、ほとんどの人は疑問視するだろう。
しかし、僕は、それは今の日本ではしごく当たり前で、むしろ代わるべきだと思っている。
そもそも、首相がどうして代わるのか。
それは、ころころ代わらなければならない首相レベルに問題があるからだ。
その程度の首相なら、世界の舞台で通じるわけがない。
だから、通じる(世界のトップと肩を並べ日本を堂々と主張できる)レベルの首相が誕生するまで何十回になろうと代わる、いや、代えるべきだと僕は思う。
それから、どうして国民の意志を反映させないといけないのだ。
必ずしも反映させる必要はない。
なぜなら、本来政治家というのは政治家を志した人が描くビジョン、思想、政策に賛同できるか、そして応援したいと思うかで国民から負託されたわけで、国民の顔色を見ながらその都度その声をあたかもメッセンジャーボーイのごとく政治の場に反映させる必要はないということだ。
単純に地域の国民意見を総意として伝えるのが政治家なら、素人の僕でもできる。
リーダーが弱いのは、マスコミと彼らが行う国民の声と称した世論調査に怯えるその程度の力量しかないリーダーを選出しているからだ。
このようなある意味偏屈な見方をする評論家もキャスターもいないので、ささやかながら僕が影響のないこのブログで語ってみた。

No Comments

会場

No Comments

下世話な世界をよそに、朝からバイクで「羽咋~輪島~七尾~氷見」へと独りツーリング。

民主党代表選が今週水曜日(9月1日)に告示となる。
今のところ管さん、小沢さんの一騎打ちとなる様相で、例のごとく連日マスコミは煽り立てるように取り上げている。
今のところ世論は管さん。それも調査するまでもなくわかりきった話。
今の世論はマスコミが先導してるところが多分にある。
僕も含め国民なんてものは、気まぐれだったり、無責任だったりする。
だから、マスコミが報じる世論調査に政治家が惑わされてはいけない。
先日も渋谷のCDショップが閉店すると知り、多くのお客がその店に集まった。
もし、そこまでショップに対する愛着があるのなら、どうして普段その店でCDをいっぱい買ってあげないのか。
いうならば、それがわれわれ国民であり、ヒトである。
そして、マスコミは、それをいかにドラマチックだったり、刺激的に報道し、視聴者ひいては国民から支持を得るかで自分たちのポジションを守っている。
政治がお茶の間のおもしろおかしい話題ネタとなったのは小泉さん時代だろうか。
池上彰さんの番組や著書が支持される時代、これもかつてない状況だ。
これをどのように捉えるかだが、成熟社会における夢のなさだったり、生活の余裕のなさがうかがい知れる。
高度経済成長期、バブル経済期においてはなかった状況である。
また、マスコミそのものも余裕がない証である。

こんな下世話な世界をよそに、朝からバイクで「羽咋~輪島~七尾~氷見」へと独りツーリングしてきた。
猛暑の中のツーリングだったが、走っているときは長袖ジャケットを着ていても気持ちがよかった。
信号待ちで止まったときは最悪だが!
おそらく、夏の海を見るのはこれが最後だろう。
能登の海というと冬の荒波をイメージしがちだが、僕なら断然夏の海をイメージする。
波も穏やかで海の碧さが心を染めるくらい感動的にきれいだった。
こういう印象を抱けるのもバイクならではかもしれないな...

関野鼻自然公園(羽咋郡志賀町笹波) 氷見海岸(富山県氷見市)

No Comments

ツーリングを兼ねて大判焼きを食べに白山市吉野の「山法師」まで。

「山法師」(白山市吉野)の大判焼き珍しく今回はグルメネタを。
といっても、料理ではなく和のスウィーツ大判焼きの話だが。
白山麓の吉野工芸の里付近にめちゃうまの大判焼きのお店があることを遅ればせながら今年はじめて知った。
店の名前は「山法師」といって、国道157号線沿いにある。
通り沿いに面しているにもかかわらず、とてもわかりにくい店である。
いろんな伝説があるようだが、僕にとって伝説だろうがなんだろうがうまけりゃそれでいい。
最初に食べたときは、評判が評判だっただけに、がっかりはしなかったものの僕の中ではそこまでのものとは思えなかった。
2回目に食べたときは、焼きたてだったのがよかったのか評判通りの絶品だった。
はみだすくらい詰まったあんこをパリっというより柔らかいけどコシのある薄皮で包んだ大判焼きは、食べた後も胃がもたれることもなく、あんこの甘さ加減は絶妙である。
小豆がいいのか、作り方がいいのか、餡(あん)の色もとてもナチュラルで、天然物の餡といったイメージを抱いてしまう。
ただ、今日のはがっかり。山法師(白山市吉野)
味は変わらないにしても、見た目は試作品レベル。
あんこがはみ出てれば、生地もいびつ。
今日のような大判焼きを見てしまうと、表面にまで刻印した「山法師」は、もはやブランドだけのものと化したようでがっかりしてしまった。
初心を忘れず、おごることなく、基本を貫いてこそ一流ってものだ。
食べ物屋なら、加えていかなるときも同じ味、同じカタチを提供してこそ一流というか当たり前。
でも、そういう店って個人店ではすっかり少なくなってしまったな...

No Comments

実は、バイクを買い換えようか迷って...た。

七尾市大田町で2007年2月24日納車で、YAMAHA MAJESTY(ヤマハ・マジェスティ)からKAWASAKI EPSILON 250(カワサキ・エプシロン 250)に同じビッグスクーターを買い換えた。
1台のバイクで3年半という年月は、僕のバイク歴の新記録だ。
なんせ、バイクは1シーズンで手放したり、買い換えたりと、自慢できない短いバイク所有歴だったから。
だから、ビッグスクーターというカテゴリーは、僕のライフスタイルにドンピシャってことになる。
なのに、僕ときたら、ここに来てスクーターよりロードスポーツに気持ちが揺れ動いている。今は、過去形で揺れ動いていただが。
今年は、一段と厳しい状況であるにもかかわらずのんきなものだ。
得意先であり、今のEPSILONはもちろん、僕の歴代バイクの購入先西部オートの公式サイトを眺めながら出物を物色してた。
ロードスポーツと言ったものの、WEBではオフロードからスーパーカブまで関心持って見てるのだから、節操がないというのか、結局のところEPSILONに飽きただけではないか。
僕がバイクに求める条件は、

  1. 80~100kmの領域で不安、ストレスなく安定走行できる。
  2. 車体重量が重くない。できれば150kg以内。
  3. ロングツーリングでも疲れにくい。
  4. 市街地も軽快に走れる。
  5. 燃費はそう悪くない。ちなみにEPSILONは30km/l。
この話を西部オートの社長に話したら、浜田さんが今乗ってるEPSILONがそれだと言われた(汗)
また、ロードバイクでは、NHK「気ままに寄り道バイク旅~鹿児島編」で見たホンダのVTZ250、ついでカワサキのZZR250かなと言われた。
気を取り直してというか、このところ乗っていなかったEPSILONで、週末酷暑の中、小矢部~氷見を通り何十年ぶりかで父の故郷七尾市鵜浦町まで行ってきた。
僕の年齢そして最近の腰痛を考えると、もう少しEPSILONとお付き合いしようか...

この話を西部オートの社長に話したら、浜田さんが今乗ってるEPSILONがそれだと言われた(汗)また、ロードバイクでは、NHK「気ままに寄り道バイク旅~鹿児島編」で見たホンダのVTZ250、ついでカワサキのZZR250かなと言われた。気を取り直してというか、このところ乗っていなかったEPSILONで、週末酷暑の中、小矢部~氷見を通り何十年ぶりかで父の故郷七尾市鵜浦町まで行ってきた。僕の年齢そして最近の腰痛を考えると、もう少しEPSILONとお付き合いしようか...

No Comments

13年経ったMR2(SW20)の車検。

中古品だが、新しくなったMR2(SW20)のマフラー久しくMR2の記事を書いてなかったので、今月受けた車検に引っ掛けその後のMR2のインプレッションを書く。
1997年式の4型となる僕のMR2(SW20)だが、さすがにまる13年ともなると、これまで修理、部品交換した以外にも消耗部品や破損箇所が出てきてもおかしくはない。
車検間際にフロント右サスあたりに違和感を感じ見てもらったところ、キャリパーの老朽化じゃないかと言われ、車検といっしょにキャリパーも交換することにした。
これによりフロントサスの剛性がずいぶん増した感じとなった。
ただ、車検時にこれとは別にマフラーに小さな穴が見つかり、それはパテで応急処置したのだが、触媒からエンドにかけてのつなぎ目は錆びてボルトも山がつぶれた状態。
でも、これをまともに換えると20万コースになってしまうので、触媒はオークション、マフラーはクルマ屋さんが取引している部品やさんルートでそれぞれ中古品を見つけそれを装着することにした。
装着後は、心もち排気音が静かになった感じがする。
また、クルマ全体の剛性もさらに増したような感じだ。
直接の影響はないにしろ、悪いところが改善されると不思議と車そのものもよくなった感じがするものである。
クルマも人間の体も同じってことかな。
しかし、13年も経ったMR2を社用&私用両方で酷使して使ってるのだから、MR2が可哀想と言われそうだが、僕にとってクルマは見て鑑賞するものではなく、公用、私用問わず道具として使えるものが前提であり、いろんなシーンで自分と一緒であることで自他共に一体感が生まれるのだ。
ひいては、それは自分らしさであったり、愛着であったりする。
今、僕のMR2は、人でいうと40代の体力ってとこだろうか。
その走りからは、成熟した熟年パワー、そしてテイストを感じる。
乗り手はこの秋55歳になるんだけど。

No Comments

電子書籍化すると出版社って、要らないんじゃない?

僕が昔勤めていた会社が出版物の電子書籍化をするという情報を耳にした。
いかにも素人が考えそうなネットビジネスに後発で参入し、会見では翌年には上場とまで見栄切った代表者だったが、案の定上場はおろか事業そのものの継続すら危ぶまれ、会社そのものも今なお存在するのかどうなのか。
そういうところが、今度は出版物の電子書籍化とは...。
一部であろうと電子書籍化という形態が時代の流れだと思っているのだろうか。
だとすると大間違いだ。
正しくは、出版そして出版社そのものが時代にそぐわなくなったと認識、危惧すべきである。
印刷業界では、デジタル化にともない製版という工程が不要となった。
その結果、製版を行っていた製版会社が時代の流れの中で存在価値を失うこととなる。
カメラというかフィルム業界もしかり。
カメラのデジタル化にともない、フィルムの現像という工程が不要となる。
それによって、現像作業はおろかフィルムそのものが要らなくなった。
そして、長年続いたフィルムカメラ(銀塩カメラ)が終演となる。

電子書籍化という仕組みは、出版社が行っていた印刷~製本~(取次店介して)書店流通させる業務が必要なくなるわけだから、出版社そのものの存在価値が問われることになる。
それはなんら特別なことではない。
今の世の中、これまで中間に位置し販売をディストリビュートしてきた問屋そのものの価値がなくなってしまったのだから、見方変えれば流通業でいう問屋というポジションに位置する出版社の存在価値がなくなっても不思議なことではない。
電子書籍化がもたらす意味とは、作家が出版社を通さずダイレクトに電子書籍としてネットで販売、ダイレクトでなくても電子書籍を扱う販売サイトに直に卸して売るそんな時代の到来を物語っている。
そうなると、電子書籍の販売は、アマゾン、楽天、ヤフーといった大手ショッピングサイトが断然強い。
ネットの世界は、残酷にも都市と地方、ロケーションなんてまったく関係ないから、そこに将来再販商品のしばりがはずれると、またたく間に大手モールへの集中は一挙に加速すると思う。

今朝の北國新聞朝刊に「めいてつエムザ」が25日から来月中旬にかけアラフォー世代を狙ったセレブ系のブランドショップを6店舗導入すると掲載されていた。
百貨店って、いったい何を考えてるのだろう。
そんなことをやってどうなるというのだ。
日本における百貨店そのものの存在価値が問題視(というより、もはやとっくになくなっているのだが)されているというのに、嘆かわしいことだ。
また、ブランドといって、今の世の中どれほどブランドステータスがあるというのだ。
長年百貨店は、特に地方においてファッションをリードしてきた。
だが、時代とともに今となっては郊外のショッピングモールの方がはるかにオシャレだ。
それは、そこに来ているお客の世代だったり、そのファッションを見れば一目である。
百貨店へ行く客層は高齢化し、オシャレに対し保守的であり自己主張のない、いわば、女王様のようなおもてなしだったり、売り場の店員から手取り足取りおだてられながら商品を勧められ、ついその気になって買ってしまうような客、今なお百貨店で買い物をすることがオシャレのステータスと錯覚しているそんな人が多い。
売り場は売り場で、全館リニューアルしたところで、箱は箱。箱そのものは場所も変えなければ、器としてもまったく同じ。
地方はとっくの昔に車社会であるにもかかわらず、大昔からずっと同じ一等立地に君臨する。
こんな経営スタイルで今もなお生きていることそのものがお化けだと思うのは僕だけだろうか。
百貨店と地方のテレビ局は遠の昔に消滅していてもなんら不思議じゃない。
その方が時代を冷静に観たとき自然に思える。

No Comments

すっかり「Ubuntu」。

僕の「Ubuntu 9.10」のデスクトップ先述した「Ubuntu 10.04」だが、Intelのグラフィックドライバーとの相性で「9.10」にバージョンダウンし再インストールして今も使っている。
久しぶりのLinuxにも多少慣れ、最近はUbuntuをインストールしたこのdynabookで制作仕事も行なっている。
なんせ、この暑さ!デスクトップPCは起動したくない。
ノートPCを涼しい場所で使うのがイチバンだ。
僕たちプロでなくてもPC不慣れな初心者でもPCを普通に使う分には、このUbuntuはうってつけかもしれない。
アンチウィルスソフトもディスク&ファイルのメンテナンスも不要。
マイクロソフトのOfficeに互換性を持たせた「OpenOffice」までソフトも一通り最初からインストールされているから、そのままの状態で不自由なく使っていける。
なにより、OS(「Ubuntu」)含めすべてが無料ってのがいい。
そう言いながら、Ubuntuに飽きていつの間にかWindowsに戻ってたりして...

No Comments

「Ubuntu 10.04」自動ログイン時のキーリングのロック解除を自動化する。

「Ubuntu 10.04」で自動ログイン設定をおこなって起動すると、ログイン直後に「キーリングのロック解除」が表示され、パスワードの入力が求められる。
以下の設定をおこなうことでこれを省略させることができた。
「NetworkManager」アプレットを右クリックしてメニューから「接続の編集」選択、「無線」タブをクリックして利用するネットワーク接続の名前を選択し「編集」ボタンをクリックする。

表示された編集画面の左下にある「全てのユーザで有効」にチェックを入れて「適用…」ボタンを押す。
これで、起動時の 「キーリングのロック解除」のパスワード入力が必要なくなった。ヤレヤレ。

No Comments

これまた古い無線LANカード「WLI-CB-AMG54」でインタネットに接続する。

どちらが先でもいいが、バッファローからWindows用のドライバーをダウンロードし、ダウンロードしたファイルをダブルクリックで自己解凍。
解凍後にできたフォルダ→「CBAMG54」→「WIN2000」フォルダをメディアにコピーする。
僕は、インストール作業に入る前に、WindowsでCD-Rに保存させ、それをUbuntuのデスクトップに保存した後作業を開始した。

さて、ワイヤレスネットワークカード「WLI-CB-AMG54」のWindowsドライバーの準備ができたら、LANケーブルをつないでインターネットに接続する。
「システム」→「アップデート・マネージャー」でシステムを最新の状態にする。
再起動後、「アプリケーション」→「ソフトウェアーセンター」で「ndiswrapper」(Windows Wireless Drivers)をインストールする。
「システム」→「システム管理」→「Windows用無線LANドライバ」を選択し、CDに焼いたWindows用のドライバ(フォルダの中の「ini」ファイル)をインストールする。
その後、LANケーブルを抜いて無線カードを挿す。
あとは無線ルータに接続するだけ。

No Comments